刈込鋏
もともとあったもの、先日ごみの日に出ていたのを拾って直したものと、家には二本の刈込鋏があるが、自分が仕事で使っているものを、本格的に研ぐために家に持って帰り比べてみると、この差はなんだろう。
鋏を研ぎ終え、そういえば家の刈込鋏はどんなだっただろうと、倉庫から出して手にとって見て愕然とした。そりゃあ普通の家庭にある、ホームセンターで買うような2~3000円くらいのものと、職人が手作りしている数万円のものを比べるのはナンセンスかもしれないが、つい先月までは家にある刈込鋏が、僕にとっては常識的な刈込鋏であったわけだ。
確かに芝もゴールドクレストもサクサク切れる、しかしそれには刃物と呼べるような刃はついておらず、二枚の板によるせん断力によって切断するだけのもののように見えてしまった。ちなみに買った当時はもちろん刃もついていただろうし、刃が無いのは使い方と手入れが悪いからです。愕然としたのは何も刃がないからだけでなく、その小ささや作りが貧弱なこともあわせてだ。
用途によっては小さいほうが勝手がいい場合もある、小さいことは悪いことではない。ホームセンターを覗いても、家のが特に貧弱というわけでもなく、僕が仕事場から持ち込んだのが特別だったというだけの話だ。
研いだおかげで、切れ味はしっかり回復し、まるで対象物が刃を避けるように切断されていく。この快感があるから研ぐのはやめられない。
小学校の低学年のとき、学校の授業で鉛筆を削る授業があり、小刀を買ってもらった。20年以上たった今もそれを使っているが、そのときからの研ぎ歴だ。食器のスプーンやナイフも研いだ(食事には危険)、石器も研いだ、鋼でナイフも作った、もちろん家の包丁も研ぐ。そういえば盆栽の梅買ってもらったのもそのころだ、今年も蕾をたくさんつけていますよ。やってること変わってないな。
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